PraphatCharusathien(その他表記)PraphatCharusathien

世界大百科事典(旧版)内のPraphatCharusathienの言及

【タイ】より

…また地方における高等教育機関,テレビ局などの建設は,地方都市の前例をみない発展を促した。63年,サリットが死ぬと,政権はタノム,プラパートPraphat Charusathien(1912‐97)という軍の2巨頭によって継承された。タノム=プラパート内閣は,世論の圧力に抗しきれず68年にいたってようやく憲法を施行し,翌年選挙を実施したが,内外の政治・経済情勢の変化に伴い緊張が高まると,71年再びクーデタに訴えて全権を掌握し,事態の収拾を図った。…

※「PraphatCharusathien」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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