世界大百科事典(旧版)内のPrivyCouncilの言及
【イギリス】より
…内閣cabinetという言葉は,国王の信任する少数の大臣・寵臣からなる非公開の国政諮問会議のあだ名として,フランス語から借用された。国王の奥の間cabinetで秘密会議が開かれたのが名称の起源であるが,公式の国政諮問機関であり内閣会議の母体でもある枢密院Privy Councilの権能を簒奪し,国王専制を担う君側の奸(かん)のたまり場になると非難,警戒された。ためにチャールズ2世は外交委員会という名の事実上の内閣廃止を,一度は宣言せざるを得なかった。…
【内閣】より
…
[イギリスにおける沿革]
イギリスの議院内閣制は,日本のみならず19世紀以降の世界に大きな影響を及ぼしたが,その成立は,明治憲法の推進者たちも指摘したように,長期にわたる試行錯誤と同国に顕著な歴史事情に負う面が強い。その起源は身分的特権層からなる国王の諮問機関,枢密院Privy Councilにさかのぼる。17世紀に入り,同院の膨張や政治的拘束を克服するため,その中の一部寵臣,有力大臣のみを国王がみずからの奥の間cabinetの秘密会議に招く傾向が強まり,それが奥の間会議cabinet councilと通称された。…
※「PrivyCouncil」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」