QuchumKhān(その他表記)QuchumKhan

世界大百科事典(旧版)内のQuchumKhānの言及

【シビル・ハーン国】より

…16世紀の後半に入ると東方に拡大するロシアと直接境を接するにいたり,1582年にはエルマークの率いるコサック部隊によって首都を占領された。その後もクチュム・ハーンQuchum Khān(1600没)のもとに抵抗を続けたが,98年決定的な敗北を喫し,シビル・ハーン国の領域はロシア帝国の領土に編入された。なお,シベリア(ロシア語でシビルSibir’)の名は,このハーン国の国名に由来する。…

※「QuchumKhān」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

菊の節供,九月節供,重九 (ちょうく) ともいう。五節供の一つ。旧暦9月9日の節供で,奈良時代より,宮中では天皇が紫宸殿に出御し,群臣に宴を賜わり詩歌文章をつくらせる菊花の宴が行われ,年中行事となった...

重陽の用語解説を読む