Ruknal-Dawla(その他表記)RuknalDawla

世界大百科事典(旧版)内のRuknal-Dawlaの言及

【ブワイフ朝】より

…宮廷の公用語はアラビア語であり,《歌謡の書》を編纂したイスバハーニーらが現れ,アラブ文学の繁栄期であった。一方,ルクン・アッダウラRukn al‐Dawla(?‐976)がパフラビー語を刻んだ貨幣を鋳造し,アドゥド・アッダウラ以降のアミールの中に,シャーハンシャー(王中の王)を名のる者が現れるなど,イラン的伝統との結びつきを強調しようとする傾向もあった。軍事力の根幹はダイラム人,ギーラーン人であったが,時とともに,とくにイラクでは,トルコ人マムルークが重んじられ,前者との対立が激化した。…

※「Ruknal-Dawla」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

東京都台東区の浅草寺の本尊である観世音菩薩の縁日のうち,特に多くの功徳が得られるとされる功徳日のことで,毎年 7月9,10日がその日にあたる。もとは「千日詣り」といい,本来はこの日に参詣すると 100...

四万六千日の用語解説を読む