世界大百科事典(旧版)内のSaid-iKürdīの言及
【セイディ・ヌルシー】より
…オスマン帝国末期,トルコ共和国期の宗教活動家。サイディ・ヌルシーSaid‐i Nursī,サイディ・キュルディーSaid‐i Kürdīともよばれる。《光明(ヌール)の書》などを著し,コーランやシャリーアに基づくイスラム国家樹立を目ざした(ヌルジュ運動とよばれる)。…
※「Said-iKürdī」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
…オスマン帝国末期,トルコ共和国期の宗教活動家。サイディ・ヌルシーSaid‐i Nursī,サイディ・キュルディーSaid‐i Kürdīともよばれる。《光明(ヌール)の書》などを著し,コーランやシャリーアに基づくイスラム国家樹立を目ざした(ヌルジュ運動とよばれる)。…
※「Said-iKürdī」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
東京都台東区の浅草寺の本尊である観世音菩薩の縁日のうち,特に多くの功徳が得られるとされる功徳日のことで,毎年 7月9,10日がその日にあたる。もとは「千日詣り」といい,本来はこの日に参詣すると 100...