Sanjar(その他表記)Sanjar

世界大百科事典(旧版)内のSanjarの言及

【セルジューク朝】より

…歴代のスルタンはアナトリアへ進出する積極的な意図はなく,新たにマー・ワラー・アンナフル方面より流入したトルクメンや反乱に失敗した王族らが,西方へ移動してルーム・セルジューク朝を建国し,アナトリアのトルコ化への先鞭をつけた。サンジャルSanjar(在位1117‐57)の時代に一時王朝の再統一がなされたものの,ジャジーラ,シリア,アゼルバイジャンではアター・ベクたちが独立し,カラ・キタイの侵入,遊牧トルコ族であるオグズの反乱により東部州が混乱し,サンジャル自身もオグズの捕虜となって,スルタンの権威は地に落ちた。彼の死後,イラクとケルマーンにセルジューク朝の地方政権が残ったが,前者はホラズム・シャー朝に,後者はオグズによって滅ぼされた。…

※「Sanjar」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

二十四節気の一つで,二至 (夏至,冬至) ,二分 (春分,秋分) として四季の中央におかれた中気。元来,春分は太陰太陽暦の2月中 (2月後半) のことで,太陽の黄経が0°に達した日 (太陽暦の3月 2...

春分の用語解説を読む