ShalmaneserIII(その他表記)ShalmaneserIII

世界大百科事典(旧版)内のShalmaneserIIIの言及

【アッシリア】より

…しかしこの王には,あえてバビロニアに大規模な攻撃を加えて蹂躙(じゆうりん)せず,同根の文化と宗教を持つこの隣接先進地域との相互交易と文化交流に努めたり,カルフ(ニムルド)を再建してこれを首都とし,広大な宮殿を造営して,その治世中に早くも帝国の文化センターとする,という側面もあった。次王シャルマネセル3世Shalmaneser III(在位,前858‐前824)は領土をさらに拡大した。この時期から,有能な王の下において,新しく帝国に編入されて属州となったばかりの征服地に入ったアッシリアの役人たちの示す行政事務機能の優秀さが目立ってくる。…

※「ShalmaneserIII」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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