Wittelsbacher(その他表記)Wittelsbacher

世界大百科事典(旧版)内のWittelsbacherの言及

【バイエルン】より

…これによってバイエルンは東への発展の道を閉ざされ,内国と化した。次いでフリードリヒ1世は,1180年,名門ウェルフェン家のハインリヒ獅子公を追放し,ウィッテルスバハ家Wittelsbacherのオットーをバイエルン大公に任命した。同家は,前世紀の半ば以降バイエルンの各地で一円的な領域権力(ランデスヘルシャフト)の建設に乗り出していた新興貴族に属し,各地に勢力を張る大小の貴族と激しい競合関係にあった。…

※「Wittelsbacher」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

二十四節気の一つ。元来,太陰太陽暦の 12月中 (12月後半) のことで,太陽の黄経が 300°に達した日 (太陽暦の1月 20日か 21日) から立春 (2月4日か5日) の前日までの約 15日間で...

大寒の用語解説を読む