百科事典マイペディア 「パレスティナ戦争」の意味・わかりやすい解説
パレスティナ戦争【パレスティナせんそう】
出典 株式会社平凡社百科事典マイペディアについて 情報
出典 株式会社平凡社百科事典マイペディアについて 情報
…1948年5月14日夜イスラエル国の独立が宣言されると,アラブ諸国軍は一斉にパレスティナに進撃した。アラブ側によってパレスティナ戦争と呼ばれ,イスラエルはイスラエル独立戦争(解放戦争)と呼んだこの戦争は,最初数の上でイスラエルを圧倒するアラブ側に有利であったが,アラブ側は内部に,パレスティナに領土的野心を抱くトランス・ヨルダンと,エジプト,サウジアラビアとの相互不信をはじめ多くの対立を抱えていた。戦争は停戦と戦闘再開を繰り返し,11月にいたりイスラエル優勢のうちに安全保障理事会の休戦決議が発効し,イスラエルは49年2月エジプトとロードス島で休戦協定に調印したのを皮切りに,3月レバノン,4月トランス・ヨルダン,7月シリアと休戦協定を締結した。…
※「パレスティナ戦争」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
菊の節供,九月節供,重九 (ちょうく) ともいう。五節供の一つ。旧暦9月9日の節供で,奈良時代より,宮中では天皇が紫宸殿に出御し,群臣に宴を賜わり詩歌文章をつくらせる菊花の宴が行われ,年中行事となった...