氏族の氏上・族長が自身あるいは一族の現世安穏と故人の菩提を祈るために建立した寺。氏神が守護神・祖霊神で,一族の崇敬を得たように,氏寺は氏族一門の現世安穏を祈る祈願所であり,氏人は寺の管理権をもつかたわら経営維持に任じ,寺僧・別当も氏人の僧が選ばれた。氏寺の名は805年(延暦24)に初見するが,仏教伝来以後,崇仏毀釈の政争を経て,仏教は氏族間にも漸次流布するに至り,盛んに建立されるようになった。680年(天武9)に官寺となる飛鳥元興寺は,もと蘇我馬子の建立にかかる蘇我氏の氏寺であった。仏教の受容に敏感に反応した渡来系の氏族はこぞって氏寺を創建するようになるが,秦河勝の建立した秦氏の氏寺広隆寺(太秦(うずまさ)寺),西文(かわちのふみ)氏の西琳寺,鞍作氏の坂田寺(金剛寺),東漢(やまとのあや)氏の檜隈寺(道興寺),坂上氏の支流呉原氏の呉原寺,船氏の野中寺,葛井氏の藤井寺,百済王氏の百済寺などが,奈良時代にかけて建立された。一方,日本の氏族の建立にかかるものとしては,蘇我山田石川麻呂の山田寺,阿倍氏の崇敬寺(安倍寺),葛城氏の葛木寺,巨勢氏の巨勢寺,紀氏の紀寺,小野氏の願興寺,大宅氏の大宅寺,中臣(なかとみ)氏の粟原寺や中臣寺,弓削氏の弓削寺,下毛野(しもつけぬ)氏の下野寺,佐伯氏の香積寺(佐伯院)などがあり,中でも藤原氏の興福寺(山階寺)は,明治初年に至るまで,氏寺としてその法灯を伝えた。平安時代に至っても,のち興福寺末となった京都清水寺は坂上氏の氏寺であり,洛西の神願寺(神護寺)は,和気氏の氏寺であった。624年(推古32)9月には寺が46あったことが正史に伝えられているが,その多くは有力な氏族の氏寺により占められていたと思われる。
奈良時代における国家仏教の成立という発展過程に占めた氏寺の位置は,はなはだ大きいといわねばならない。氏族は氏寺を祈願所とし,寺院経営維持のために,寺領や資財などを寄進し,有力者が檀越(だんおつ)として運営に当たったが,檀越の中には往々にして,寺田を私有化し,資財を横領したり,また,王臣貴族に寺を寄進し,王臣家などは代々相承してきた檀越を追放するという現象が,9世紀ころから生じてきた。こうして氏寺は氏族の興亡盛衰に左右されて,有力な大寺の末寺と化するようになっていく。氏族の盛衰は氏寺の盛衰に直結していたといえる。
執筆者:堀池 春峰
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氏族の族長や一族の総領が建立し、その一族・子孫の祈願所として維持運営された寺院。氏神とともに一族の繁栄が祈られた。寺僧や別当あるいは俗別当は氏族出身者の場合が多かった。平安時代、藤原氏は春日大社(かすがたいしゃ)を氏神とし、興福寺を氏寺としたことはよく知られている。鎌倉時代以降になると、禅宗寺院を氏寺とする武士団も少なくなかった。室町時代、小早川(こばやかわ)氏は安芸(あき)国沼田(ぬた)(広島県三原市)に仏通寺(ぶっつうじ)という禅寺を建立して氏寺とし、一族の結束を図っている。しかし、しだいに、武士の建立する寺院は、祖先の霊を祀(まつ)る菩提寺(ぼだいじ)へと変化していった。
[廣瀬良弘]
特定の氏族一門が帰依相伝する寺。日本では伝来当初,仏教は氏族単位で受容され,有力氏族がみずからの本拠地に氏寺を建立した。律令体制下では私寺は原則として禁止されたが,平安時代から貴族の台頭にともないその氏寺も興隆,氏族出身者の入寺も増加した。氏寺は先祖の追善と氏族の発展を祈願し,管理・人事権は通常氏族が握っていた。院政期には,国王の氏寺として六勝寺があいついで建てられ,平氏は延暦寺の氏寺化を試みた。中世に武士の勢いが強まると,千葉氏と中山法華経寺との関係のように,在地領主が菩提寺として氏寺を建立する例が顕著となり,近世大名の菩提寺まで引き継がれる。
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…それだけに氏の出自や姓を明確にしておくことは為政者にとって肝要であったため,官撰の《新撰姓氏録》30巻のような提要書が編纂された。中央・地方を問わず,有力な氏は氏神をまつる神社とは別に氏寺を建立した。地方に多数の氏寺があったことは,《出雲国風土記》などからも知られる。…
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