デジタル大辞泉
「野」の意味・読み・例文・類語
ぬ【▽野】
1 《上代東国方言》「の(野)」に同じ。
「千葉の―の児手柏の含まれどあやにかなしみ置きて高来ぬ」〈万・四三八七〉
2 「の」の甲類音を表す万葉仮名とされる「努」「怒」「弩」などを、主に江戸時代の国学者が「ぬ」と訓んで、「野」の義に解した語。「野火」「野辺」など。
や【野】
1 ひろびろとした地。のはら。の。
「風強く秋声―にみつ」〈独歩・武蔵野〉
2 官職につかないこと。民間。「野にある逸材」
[類語]無官・在野・無位・無冠
出典 小学館デジタル大辞泉について 情報 | 凡例
の【野】
[1] 〘名〙
① 平らな地。山に対するもの。
※古事記(712)上・
歌謡「青山に 鵼
(ぬえ)は鳴きぬ さ怒
(ノ)つ鳥 雉
(きぎし)は響
(とよ)む 庭つ鳥 鶏
(かけ)は鳴く」
② 荒野。里に対するもの。放置されて草や低木などの茂ったままになっている地。〔十巻本和名抄(934頃)〕
※本福寺跡書(1560頃)大宮参詣に道幸〈略〉夢相之事「荼毗は、ばばよりきたうらの三昧へしらすをちらし、野にてのてうしゃううかがい申せば」
④ 野良。田畑をさしていう。
※
浄瑠璃・源頼家源実朝鎌倉三代記(1781)六「私は
北川村で藤三と申す百姓、野で働いておりましたら」
[2] 〘語素〙
① 動植物を表わす名詞の上に付いて、そのものが野生であること、山野で自然に生長したものであることを表わす。「のうさぎ」「のいちご」など。
② 人を表わす名詞の上に付いて、粗野である意を込めて、これを卑しむ気持を表わす。「の出頭
(しゅっとう)」「の
幇間(だいこ)」など。
[語誌](一)①の上代の
用法は「はら(原)」とよく似ているが、
古代に「の(野)」と呼ばれている実際の土地の状況などを見ると、もと、「はら」が広々とした
草原などをさすのに対して、「の」は低木などの茂った
山裾、高原、台地状のやや
起伏に富む
平坦地をさして呼んだものかと思われる。
や【野】
〘名〙
① 平らで広々とした地。また、放置されて草や木などの茂ったままになっている地。の。
※武蔵野(1898)〈
国木田独歩〉二「風強く秋声野
(ヤ)にみつ」 〔易経‐坤卦〕
② 野良。田畑。の。
※文明本節用集(室町中)「農夫相与抃二於野(ヤ)一〔喜雨亭記〕」
③ 官途につかないこと。政権の側に立たないこと。民間。
※
内幕話(1883)〈渡井新之助編〉
帝政党の内幕、並機関の事「
絶世の名文章いよいよ光を増し、朝となく野となく喝采せざるはなく」 〔書経‐大禹謨〕
④ (形動)
無風流であること。粗野であること。また、そのさま。
※甲陽軍鑑(17C初)品四「花と承るに、まいらぬは野(ヤ)なり」
⑤ (形動)
品位がおちること。いやしいさま。野鄙。卑俗。
※
史記抄(1477)七「あまりに夏の弊が野なるほどに多威儀ぞ」
※
小説神髄(1885‐86)〈
坪内逍遙〉下「あるひは其気韻の野
(ヤ)なるに失して、いと雅びたる趣向さへに為にひなびたるものとなりて」 〔論語‐雍也〕
ぬ【野】
〘名〙
※
万葉(8C後)一七・三九七八「あしひきの 山越え奴
(ヌ)行き 天ざかる 鄙
(ひな)治めにと」
※万葉(8C後)二〇・四三八七「千葉の奴(ヌ)の児手柏(このてがしは)のほほまれどあやに愛(かな)しみ」
② (現在「の」の甲類音を表わす万葉仮名とされている「怒」「弩」「努」などを、
後世、特に江戸時代「ぬ」と訓んだところから生じた語) =
の(野)(一)
※万葉集古義(1844頃)
総論「その古と後世と言の異なると云は、野を奴
(ヌ)(古)、能
(の)(新)、小竹を志奴
(しぬ)(古)、志能
(しの)(新)〈略〉などいふ類」
[補注](1)①の挙例「万葉‐四三八七」は、作者が東国防人なので、「の(野)」の上代東国方言か。同じく①の「万葉‐三九七八」は、「の(野)」の音変化による別形と認めたが、「の」と訓むべきか、「努」「怒」などの誤写とするべきかなどの説もある。
(2)②の場合の「ぬ(野)」を語頭にもつ複合語は、それぞれの「の(野)」の複合語の項に送った。
出典 精選版 日本国語大辞典精選版 日本国語大辞典について 情報
野 (の)
〈野〉と〈原〉とは区別されて扱われている場合もあるが,その相違は明確でない。日本の律令制においては,山川藪沢とともに野は公私共利とされたが,天皇の支配権の下におかれ,天皇は鷹狩などの狩猟のため河内国交野(かたの),山城国嵯峨野・栗栖野(くるすの)・美豆野(みずの),美濃国不破・安八両郡の野,播磨国印南野(いなみの),備前国児島郡の野などの禁野(きんや)を各地に設定し,また,河内国大庭御野(おおばのみの)のような蔣(まこも),菅,莞(い)を刈る御野を占定している。平安時代以降,王臣貴族や寺社による野の占有,開発(かいほつ)は抑え難い勢いで進み,天皇家も蔵人所(くろうどどころ)猟野を定めており,院政期以後に立券された荘園の四至(しいし)内には,それぞれに区別され,丈量された原と野とが見いだされる。しかし鎌倉時代以降も,逃散(ちようさん)する百姓たちがしばしば〈山野に交わる〉といったように,野は,そこで起こった闘諍はその場のみで処理される無主の地,アジール的な特質を失っていない。とはいえ山林と違い,江戸時代には灌漑,治水の技術の発展とともに,武蔵野をはじめ野の開発は急速に進行していった。
→荒野(こうや)
執筆者:網野 善彦
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
世界大百科事典(旧版)内の野の言及
【原】より
…耕作していない広く平らな草原。野原といわれるように,野と特に大きな差はないが,1129年(大治4)の遠江国質侶牧(しどろのまき)の立券文(りつけんもん)に,原210町,野291町とあり,43年(康治2)尾張国安食荘(あじきのしよう)の立券文に,[荒野](こうや)434町余,原山108町とあるように,一応区別されて丈量されている点からみて,地形的,視覚的に区別はあったものと思われる。【網野 善彦】 原の地名は藍原,高鷲原,坂門原(《日本書紀》)のように古代以来広く用いられ,現代でも単に原と呼ばれるものをはじめ,非常に多い。…
※「野」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」