エトアール広場(読み)えとあーるひろば(その他表記)Place de l'Étoile

世界大百科事典(旧版)内のエトアール広場の言及

【パリ】より


[オスマンのパリ改造]
 この産業化の上げ潮のなかでパリの改造に着手したのが,ナポレオン3世とセーヌ県知事G.E.オスマンである。まずシテ島内部の貧民街を一掃し,パリの中心を東西および南北に貫通する大通りを建設するとともに,中心部を迂回する大通り,鉄道駅から中心部に向かう交通路,それに西のエトアール広場,東のナシヨン広場を中心として放射状に道路を配置するなど,いくつもの街区を貫通する大通りの建設に力を注いだ。水については160km離れたヨンヌ川などからパリに送水するため水道橋を築き,これによってパリの水量は倍増することになった。…

※「エトアール広場」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

立春から数えて 88日目で,現行暦では5月2日頃にあたる。八十八夜を過ぎればもはや晩霜も終りになるので,農家ではこれを種まきや茶摘み,その他の農作業開始の基準としている。日本では明暦3 (1657) ...

八十八夜の用語解説を読む