フィジオクラシー

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日本大百科全書(ニッポニカ) 「フィジオクラシー」の意味・わかりやすい解説

フィジオクラシー
ふぃじおくらしー

→重農主義

出典 小学館 日本大百科全書(ニッポニカ)日本大百科全書(ニッポニカ)について 情報 | 凡例

世界大百科事典(旧版)内のフィジオクラシーの言及

【重農主義】より

…重農思想の先駆者としてはケネーよりも前に,17世紀から18世紀初めにかけて活躍したP.Le P.ボアギュベール,J.ボーダン,R.カンティヨンなどをあげることができるが,ケネーは単なる農業重視ではなく,資本制的大農経営を重視した点で決定的に異なっている。 重農主義は本来フィジオクラシーと呼ばれる。この名称はデュポン・ド・ヌムールがケネーの著作集を編集してこれに《Physiocratie》(1767)の名称をつけたからであり,それが一般化したのは,おそらく19世紀中葉にL.F.E.デールが重農学派の主要著作を2巻本に編集し,この名称をつけてから以後である。…

※「フィジオクラシー」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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