ルイナポレオン(その他表記)Louis-Napoléon

世界大百科事典(旧版)内のルイナポレオンの言及

【第二共和政】より

…1848年フランスの二月革命によって成立した共和政。成立当初からパリの労働者の運動によって政体は安定せず,49年以降は農産物価格の下落による激しい農業危機に直面した地方の小農民層の運動に対処しえず,51年12月にルイ・ナポレオンのクーデタに見舞われ,翌52年12月,第二帝政の成立で崩壊した。
[動揺する共和政]
 共和派の政府は成立と同時に,パリの労働者の社会改革をめざす運動の噴出に直面し,政府に入ったルイ・ブランにリュクサンブール委員会を組織させ,労働問題に対処させたり,失業者救済のためにアトリエ・ナシヨノー(国立作業場)を設立したりした。…

【ナポレオン[3世]】より

…在位1852‐70年。ナポレオン1世の弟オランダ王ルイ・ボナパルトの第3子で,フルネームはシャルル・ルイ・ナポレオン・ボナパルトCharles Louis Napoléon Bonaparte。第一帝政没落後亡命した。…

※「ルイナポレオン」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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