→盛岡城
…中世の陸奥国糠部(ぬかのぶ)郡(岩手県北部から青森県東部一帯の地域)の豪族,近世の盛岡藩主。新羅三郎源義光の子孫で,甲斐源氏の加賀美遠光の子,南部三郎光行にはじまる。その名字の地は甲斐国の南部郷(山梨県南巨摩郡南部町)で,法華宗の開祖日蓮を甲斐国の身延山に招き,その世話をした波木井(はきい)殿,南部実長(日円)はその一族である。1189年(文治5)の源頼朝の奥州遠征に従軍した功によって糠部郡を与えられ,甲斐国から移住したと伝えるが,信じがたい。…
※「不来方城」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
二十四節気の一つ。元来,太陰太陽暦の 12月中 (12月後半) のことで,太陽の黄経が 300°に達した日 (太陽暦の1月 20日か 21日) から立春 (2月4日か5日) の前日までの約 15日間で...
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