日本大百科全書(ニッポニカ) 「世子六十以後申楽談儀」の意味・わかりやすい解説
世子六十以後申楽談儀
ぜしろくじゅういごさるがくだんぎ
→申楽談儀
→申楽談儀
…正しくは《世子六十以後申楽談儀(ぜしろくじゆういごさるがくだんぎ)》。能の伝書。…
…早稲田大学教授となり,のち同校理事を兼ねたが,学内の抗争に巻き込まれ,その疲労のため没した。 歴史地理学のほか日本音楽史にも精通し,とくに能楽の造詣が深く,1908年《世子六十以後申楽談儀(ぜしろくじゆういごさるがくだんぎ)》(《申楽談儀》)を校訂,これが世阿弥伝書の発見につながる契機となった。09年,吉田が《花伝書》と命名した《風姿花伝》をはじめ,当時発見された世阿弥の著書16部を収めた《世阿弥十六部集》を校注,〈吉田本〉と呼ばれる。…
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出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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