日本大百科全書(ニッポニカ) 「中川宮」の意味・わかりやすい解説
中川宮
なかがわのみや
→朝彦親王
→朝彦親王
…法名は尊融(初め尊応)。安政の大獄に座して永蟄居の処分を受けたが,1862年(文久2)国事御用掛となって朝政に参画,翌年特旨により還俗して中川宮(のち賀陽宮(かやのみや))と称した。時に長州藩を中心とした尊攘派の勢力が強盛で,大和行幸に名をかりて討幕を企てるに至るや,親王は同年8月内勅を奉じ,会津・鹿児島2藩と協力してこれを阻止し,その勢力を京都から一掃した(文久3年8月18日の政変)。…
※「中川宮」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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