…【藤原 健蔵】
[福山城下]
水野氏,松平氏,阿部氏など福山藩万石の城下町。芸備両国を領した福島正則改易のあとをうけて1619年(元和5)備後に入封した譜代の水野勝成(かつなり)は,3ヵ年をかけて深津郡野上村の常興寺山に福山城(久松城,葦陽城ともいう)を築き,芦田川河口の一面干潟の葭原に城下町を建設した。福山城は近世最後に築城された城であり,幕府と水野氏との特別の関係から幕府より2万0200両を貸与され,伏見城遺構の伏見御殿,伏見櫓,大手門,筋鉄(すじがね)御門などを下賜されている。…
※「久松城」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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