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今参 イママイリ

デジタル大辞泉の解説

いままいり【今参】[狂言]

狂言。秀句好きの大名に召し抱えられた新参者が、大名の問いにすべて秀句で答える。

出典 小学館デジタル大辞泉について 情報 | 凡例

世界大百科事典 第2版の解説

いままいり【今参】

?‐1459(長禄3)
室町中期の女性。大館満冬の娘。足利義政の愛妾説と乳母説があり,後者が有力。上﨟局,御。名前にマの音を含むため,有馬持家,烏丸(からすま)資任とともに〈三魔〉と呼ばれ,初期の義政の執政に介入した。1451年(宝徳3)尾張国守護代を更迭せんとし,義政の生母裏松重子と対立する。59年義政夫人日野富子が男子を死産するが,今参の富子呪詛の事実が露顕,近江国沖ノ島配流の途中自殺した。【鳥居 和之】

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大辞林 第三版の解説

いままいり【今参】

狂言の一。秀句好きの大名と、拍子をつければ巧みに秀句を述べる新参者とが、次第に拍子に乗って秀句の応答をする。

出典 三省堂大辞林 第三版について 情報

世界大百科事典内の今参の言及

【三魔】より

…将軍足利義政の治政初期は,義政がなお幼年でもあり,従来幕政を運営していた有力守護家による重臣会議が,斯波氏や畠山氏の家督紛争の影響で正常に機能しなくなり,細川家の当主勝元もまだ幼少で後年の政治力はなかった。そこで将軍の乳人今参(いままいり)の局(俗にお今),奉公衆有馬某,廷臣烏丸氏ら非制度的な義政の側近勢力が陰に陽に幕政に介入したので,世人はこれを三魔と称した。しかし今参が近江で刑死してからは三魔の勢力が衰えたものの,義政の実母日野重子,相国寺塔頭蔭涼軒主季瓊真蘂(きけいしんずい),政所執事伊勢貞親らが代わって台頭し,有力守護家の継嗣争いや将軍家の跡目(義視と義尚)争い等に介入したので,幕政はいよいよ混乱し,やがて応仁の乱が勃発した。…

※「今参」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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