兵庫島(読み)ヒョウゴジマ

世界大百科事典(旧版)内の兵庫島の言及

【兵庫】より

…兵庫の名は古代には見えないが,《平家物語》巻九〈樋口被討罰〉に,四国の屋島から攻め上った平家の軍勢が,福原の旧都に居住し西は一ノ谷に城郭を構え,東は生田の森を大手の木戸口とし,その間の〈福原,兵庫,板宿(いたやど),須磨〉に10万余騎でこもったとある。南北朝期の《太平記》や《梅松論》では〈兵庫〉〈兵庫島〉の名は要港としても戦場としてもしばしば登場し,楠木正成が戦死した湊川の戦の主戦場も兵庫・湊川一帯であった。兵庫とは,元来,兵仗武器を収める庫のことだから,ここにそのような武器庫があったことから兵庫の名がおこったと考えられるが,その確証がないままに古代の務古水門(むこのみなと)との関連を説くものもある。…

※「兵庫島」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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