日本大百科全書(ニッポニカ) 「兼仲卿記」の意味・わかりやすい解説
兼仲卿記
かねなかきょうき
→勘仲記
→勘仲記
…その居処によって家名を勘解由小路(かげゆのこうじ)と称したので名づけられた。別に《兼仲卿記》《兼仲記》《勘解由小路中納言記》ともいう。1268年(文永5)から1300年(正安2)までの鎌倉後期の代表的な公家日記である。…
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出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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