加賀宝生

世界大百科事典(旧版)内の加賀宝生の言及

【宝生流】より

…6世勝吉(1558‐1630)は金剛から養子に入っている。宝生は江戸時代は四座一流のなかで観世,金春(こんぱる)に次ぐ第3位の地位にあって流勢振るわなかったが,館林時代に宝生流をたしなんだ徳川綱吉が将軍になるや流勢も上向き,9世将監(しようげん)友春(1654‐1728)は諸国に勢力を広げ,とくに加賀藩主前田綱紀の知遇を得て,それまでの金春にかわって地盤を築き〈加賀宝生〉の基をつくった。江戸後期には,一橋家から出た将軍徳川家斉が生家で学んだ宝生流を重用したので,14世将監英勝(ひでかつ)(?‐1811),15世弥五郎友于(ともゆき)(紫雪。…

※「加賀宝生」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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