→千利休
出典 旺文社日本史事典 三訂版旺文社日本史事典 三訂版について 情報
…桃山時代の町衆茶人,茶道の大成者。通称与四郎。法諱宗易。抛筌斎と号し,利休は居士号。堺今市に魚問屋を営む千与兵衛の子として生まれた。千という姓は祖父の田中千阿弥に由来すると伝えられる。利休は若くして,当時の堺町衆に流行していた茶の湯に親しみ,武野紹鷗について茶を学んだ。また堺南宗寺に住した大林宗套に参禅し法諱を与えられるなど,禅の影響を強く受けた。確かな記録にみえる最初の利休の茶会は,1544年(天文13)に奈良の塗師松屋久政を招いた茶会で,当時23歳であった。…
※「千宗易」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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