吉弥結び(読み)キチヤムスビ

デジタル大辞泉 「吉弥結び」の意味・読み・例文・類語

きちや‐むすび【吉弥結び】

上村吉弥が始め、若い女性の間に流行した帯の結び方。後ろで引き結びにして、結んだ両端を垂らした。玉章たまずさ結び。

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世界大百科事典(旧版)内の吉弥結びの言及

【帯】より

…寛永~延宝(1624‐81)のころから,この広幅の帯は一般にも流行し始め,とくに当時人気のあった歌舞伎役者の上村吉弥(1660‐80年ころ京で活躍した女形)が舞台に広幅帯を結んで出たことがきっかけとなって,広幅,尺長(しやくなが)の帯が広く用いられるようになったといわれている。結び方も,この吉弥のそれをまねて,帯の両端に鉛の鎮(しず)を入れ,結びあまりがだらりと垂れるようにしたのを〈吉弥結び〉といい,非常な流行をみたと伝えられている。 このように,しだいに幅広となっていった帯は,元禄時代(1688‐1704)になるとさらに広い9寸近い幅のものが用いられるようになり,一般には5寸幅,後家は一幅を三つ割りにした3寸ほどの細帯であったといい,長さは8尺から1丈2尺となった。…

※「吉弥結び」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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