吾妻路宮古太夫(読み)あづまじ みやこだゆう

世界大百科事典(旧版)内の吾妻路宮古太夫の言及

【富士松加賀太夫】より

…5世加賀太夫に師事,津賀太夫,富士太夫をへて1902年7世を襲名。無類の美声家で知られ,実弟吾妻路宮古太夫(のちの8世加賀太夫)の三味線とコンビで,明治末年から大正期にかけて一世を風靡(ふうび),いわゆる7代目加賀太夫としてもてはやされた。この7代目節は独特の奔放な語り口で,現在の新内節に大きな影響を与えている。…

※「吾妻路宮古太夫」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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