朝日日本歴史人物事典 「土御門通具」の解説
土御門通具
生年:承安1(1171)
鎌倉前期の公卿。村上源氏の土御門(久我)内大臣通親の次男。母は平教盛(一説に通盛)の娘で,高倉院の女房尾張。青年期は父通親の権勢の時代で順調に昇進,正治2(1200)年に左近衛中将,蔵人頭となり,翌年参議となる。のちに右衛門督,検非違使別当を経て,大納言・正二位に至った。父通親と共に新古今歌壇で果たした役割は大きく,建久9(1198)年に和歌所の寄人となり,『新古今和歌集』の筆頭の選者となる。藤原俊成の娘(孫とも)を妻とするも,のちに離別。藤原定家は『明月記』の中で辛い人物評を記すが,当時「文道の故人風月の本主」とも称された歌人だった。
(土谷恵)
出典 朝日日本歴史人物事典:(株)朝日新聞出版朝日日本歴史人物事典について 情報