改訂新版 世界大百科事典 「大正時代美術」の意味・わかりやすい解説
大正時代美術 (たいしょうじだいびじゅつ)
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
…また高村光雲の長男光太郎は欧米に留学,ロダンに傾倒して09年に帰国し,《ロダンの言葉》を翻訳して,実作による荻原とともにロダン紹介に大きな役割を果たした。
【大正時代美術】
[印象主義の導入]
日本に印象主義が移植されたのは,ようやく1910年前後に至ってのことである。フランスにおける印象派展は,すでに1886年第8回をもって幕を閉じていたが,日本におけるこの遅れは,一つには黒田清輝の外光主義がいち早くアカデミズムとして確立してしまったことによる。…
※「大正時代美術」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
七種とも書く。春の七草と秋の七草とがある。春の七草は「芹(セリ),薺(ナズナ),御形(おぎょう,ごぎょう。ハハコグサ),はこべら(ハコベ),仏座(ほとけのざ。現在のコオニタビラコ),菘(すずな。カブ)...