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大磯の虎 おおいその とら

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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

大磯の虎 おおいその-とら

虎(とら)

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書籍版「講談社 日本人名大辞典」をベースに、項目の追加・修正を加えたデジタルコンテンツです。この内容は2015年9月に更新作業を行った時点での情報です。時間の経過に伴い内容が異なっている場合がございます。

朝日日本歴史人物事典の解説

大磯の虎

没年:寛元3(1245)
生年:安元1(1175)
鎌倉初期の相模国(神奈川県)大磯の遊女。虎御前,三虎御前ともいわれる。養母は大磯宿の長者菊鶴,実母は平塚宿の遊女夜叉王ともいわれる。父は大納言伏見実基とも,右衛門督源信頼の兄基成の乳母の子宮内判官家長ともいわれる。和歌の道にも優れ,容姿端麗であった。『曾我物語』では,曾我十郎祐成の愛人となり,富士の裾野で曾我兄弟が仇討ち事件(1193)を起こし,祐成が誅せられると,捕縛され取り調べられるが,罪はないとして許され,出家して尼となり,曾我兄弟の母を訪ね,母と共に箱根に登り,兄弟の供養をし,仇討ちの地も訪れた。その後,大磯高麗寺に住んだが,紀伊国(和歌山県)熊野に赴いた。虎御前の伝承は全国に残るが,出家の身となり,諸国の霊地を歩いた行動が『曾我物語』の形成と流布に関係があるとみられている。

(飯沼賢司)

出典|朝日日本歴史人物事典:(株)朝日新聞出版
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世界大百科事典内の大磯の虎の言及

【虎御前】より

…伝説としては,兄弟を弔って諸国を廻国して没した虎御前をまつったとする虎石も多く,福島県から鹿児島県にまで分布している。また虎石,虎ヶ塚,虎石塚と称されるものの中には大磯の虎や曾我兄弟と無関係なものがあり,《本朝神仙伝》や《元亨釈書》には聖山の禁を犯して吉野山に登ろうとした都藍尼(とらんに)の伝説を伝え,高野山,立山,白山にも同様な都藍尼の登山の伝説があることからすると,虎石,虎ヶ塚などの遺跡は,本来,トラ,トラン,トウロなどと称された廻国の巫女の足跡ではなかったかと考えられている。虎御前の名は,このような廻国の巫女の系統を引く盲御前の名で,中世には箱根山を根拠地として,その信仰や物語を唱導する熊野比丘尼系の盲御前の名称となり,農村生活に深い関係のある悪霊鎮圧の物語を語りつつ廻国を続けたものと考えられる。…

※「大磯の虎」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

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