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導御 どうご

朝日日本歴史人物事典の解説

導御

没年:応長1.9.29(1311.11.10)
生年:貞応2(1223)
鎌倉時代の律宗の僧。京都法金剛院,壬生寺の中興開山。「どうぎょ」ともいう。大鳥広元の子として大和国(奈良県)に生まれた。3歳のときに父が死に,後家となった母は導御を養育することができず,捨て子にした。東大寺に拾われて養育され,18歳で唐招提寺中興第2世長老証玄 の弟子として出家。以後,法隆寺,法起寺の勧進・修造活動に奔走した。文永5(1268)年ごろ,法隆寺夢殿に参籠して融通念仏を弘めるようにとの聖徳太子の託宣を得,活動の拠点を京都に移して,法金剛院,壬生寺,清涼寺などの勧進・復興活動を行うとともに,これらの寺院において融通大念仏会を催した。融通大念仏の結縁者が10万人に満ちるごとに供養を行ったので,円覚十万上人と呼ばれた。壬生寺の壬生狂言,清凉寺の嵯峨大念仏会は導御の融通大念仏会に淵源を持つといわれる。また,この大念仏会によって生き別れた母と再会したといわれ,その母子再会譚は,嵯峨大念仏会を舞台とする謡曲「百万」の題材ともなった。<参考文献>細川涼一『中世の律宗寺院と民衆』

(細川涼一)

出典 朝日日本歴史人物事典:(株)朝日新聞出版朝日日本歴史人物事典について 情報

世界大百科事典内の導御の言及

【慈善事業】より

… 以上の西大寺流律宗の活動は,律僧の慈善事業の中でもとくに目立つものであるが,他にも泉涌寺の覚一房覚阿(生没年未詳)は,1304年(嘉元2)の後深草院の死去に際して,蓮台野・東悲田院・清水坂などの京都の非人に非人施行をし,温室を設けて非人垢すり供養を行っている。また,壬生大念仏狂言の創始者である法金剛院の円覚上人導御(1223‐1311)も,悲田院の貧病者を救い,獄舎の囚人をにぎわしたと伝えられている。これらの鎌倉後期の律僧たちの慈善事業をどう評価するかは難しい問題で,実際,それが当時の身分秩序を肯定し,現実の体制をことほぐ立場からの,非人に対する統制としての役割を一定程度果たしたことも事実である。…

※「導御」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社日立ソリューションズ・クリエイト世界大百科事典 第2版について | 情報

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