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島勝猛 しま かつたけ

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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

島勝猛 しま-かつたけ

島清興(しま-きよおき)

出典|講談社 この辞書の凡例を見る
(C)Kodansha 2015.
書籍版「講談社 日本人名大辞典」をベースに、項目の追加・修正を加えたデジタルコンテンツです。この内容は2015年9月に更新作業を行った時点での情報です。時間の経過に伴い内容が異なっている場合がございます。

朝日日本歴史人物事典の解説

島勝猛

没年:慶長5.9.15(1600.10.21)
生年:生年不詳
安土桃山時代の武将。通称左近。実名については清興,昌仲と記す書もあるが,一般的には勝猛が有名。出自,生年ともにはっきりしない人物である。初め大和(奈良県)の筒井順慶に仕えていたが,その死後筒井家を去り,秀吉の弟羽柴(豊臣)秀長に仕えた。文禄1(1592)年の朝鮮出兵に際し秀長の世嗣秀保に従って渡海し,戦功をあげた。しかし,同年4月秀保が死去したため,出家を覚悟していたところを石田三成に招かれた。巷説では,島勝猛を召し抱えたとき,三成は近江水口で4万石の知行であったが,そのうち2万石を割いて勝猛に与えたという。これに関し『常山紀談』は,秀吉が「君臣の禄が同じという事は昔からも聞いたためしがない。何ともその志がなくてはよもや汝には仕えまい」といって深く感心し,勝猛を呼び出して手ずから羽織を与え,三成への忠誠を促したという逸話を載せている。しかしこれは名将伝説に属し,史実としては疑わしい。勝猛が秀保の死去した文禄4年以後に三成に仕官したのであれば,三成はそのころすでに近江佐和山20万石余の大名であったからである。関ケ原の戦には三成の先鋒として奮戦。その後の消息については,被弾して死去したとする説,あるいは行方不明とする説,また西国へ落ち延びたとする説などがあり定かでない。<参考文献>『関原軍記大成』『古今武家盛衰記』

(二木謙一)

出典|朝日日本歴史人物事典:(株)朝日新聞出版
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