…次に平安時代には平等院鳳凰(ほうおう)堂の扉の七宝鐶(かん)がある。その後,遺品的には空白の時代になるが,桃山末~江戸時代初めに朝鮮人から七宝の技術を学んだ京都の平田彦四郎道仁(どうにん)(1591‐1646)が〈花雲文七宝鐔(つば)〉など注目すべき遺品を残した。平田一派は江戸幕府御抱え七宝師となり,〈平田七宝〉として鐔,小柄(こづか),目貫(めぬき)などの刀剣装飾に腕を振るった。…
※「平田彦四郎」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
菊の節供,九月節供,重九 (ちょうく) ともいう。五節供の一つ。旧暦9月9日の節供で,奈良時代より,宮中では天皇が紫宸殿に出御し,群臣に宴を賜わり詩歌文章をつくらせる菊花の宴が行われ,年中行事となった...