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平田道仁 ひらたどうにん

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ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典の解説

平田道仁
ひらたどうにん

[生]天正19(1591).美濃
[没]正保3(1646).江戸
江戸時代前期の七宝工。平田家の初代。通称,彦四郎。朝鮮より七宝の技法を学び帰り,慶長末年 (1612頃) から江戸幕府の御用七宝師となった。作品は刀装具が多く,初期の作は不透明の泥七宝 (でいしっぽう) ,のちにはガラス質の透明な金七宝を制作した。

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百科事典マイペディアの解説

平田道仁【ひらたどうにん】

江戸初期の京都の七宝師。美濃生れ。通称彦四郎。朝鮮の工人から七宝を学び,江戸に出て幕府の七宝師となり,おもに(つば)を制作した。平安時代以降中絶していた七宝技術の再興者といわれる。

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デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

平田道仁 ひらた-どうにん

1591-1646 江戸時代前期の七宝師。
天正(てんしょう)19年生まれ。江戸の平田家初代。もと京都の装剣金工。慶長年間朝鮮の工人(一説にオランダ人)から七宝の技法をまなぶ。以後代々七宝師として江戸幕府につかえ,その作品は平田七宝として珍重された。正保(しょうほ)3年3月28日死去。56歳。美濃(みの)(岐阜県)出身。通称は彦四郎。代表作に「花雲文七宝鐔(つば)」。

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朝日日本歴史人物事典の解説

平田道仁

没年:正保3(1646)
生年:天正19(1591)
江戸初期の七宝職人。美濃国(岐阜県)生まれ。名は彦四郎。もと京都の金工師で,慶長年間(1596~1615)に徳川家康の命により朝鮮から七宝の技を学んだという。のち徳川家お抱えの七宝師となる。いわゆる平田七宝の祖とされ,以後11代にわたって続いた。技法は中国の七宝と同じ有線七宝で,鮮明な色調で雲気・蝶・鳥・富士山・桜・秋草など日本的な図様を鐔・小柄などの刀装具に嵌入した遺品が多い。名古屋城上洛殿の襖や杉戸の引手,各種の釘隠などもその作といわれる。平田家の2代就一は静岡,5代就門のとき江戸に出たといわれる。

(矢部良明)

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世界大百科事典 第2版の解説

ひらたどうにん【平田道仁】

1591‐1646(天正19‐正保3)
江戸初期の七宝師。美濃国に生まれ,京都に出て装剣金工に従事した。慶長年間(1596‐1615)朝鮮の工人より七宝の技術を学び,平安時代以後中絶していた七宝技術を再興したといわれる。その子孫は代々江戸幕府の七宝師として活躍した。おもに装剣関係品に腕をふるい,初代道仁の作と伝える《花雲文七宝鐔》はその代表作である。平田七宝の技法的特徴は,精緻な文様を金の有線七宝で表し,さらに金の据紋(すえもん)象嵌を併用するところにある。

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大辞林 第三版の解説

ひらたどうじん【平田道仁】

1591~1646) 江戸初期の七宝師・金工。京都(一説に美濃)の人。通称、彦四郎。家康の命を受け朝鮮に渡り、七宝の技を得て帰国。幕府の七宝師となると伝える。

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世界大百科事典内の平田道仁の言及

【七宝】より

…七宝焼の略。ホウロウ(琺瑯)ともいい,英語のエナメルenamel,フランス語のエマイユémailにあたる。金属の素地にガラス釉(ゆう)を焼きつけて装飾する工芸。ふつう素地の金属には銅を用いるが,青銅,金,銀,磁器なども用いられる。その素地の上に薄く扁平な金,銀や銅の針金で模様の輪郭線をつくり,シランの根からとった白及糊(しらおいのり)で接着させる。これにガラス釉を施して,1000℃前後で焼くと釉は焼きしまる。…

【鐔∥鍔】より

…桃山時代に入り,京や尾張に透彫の鉄鐔をもっぱら製作する集団があり,従来の透彫鐔に一段の進歩をみせた。また山城西陣の埋忠(うめただ)明寿は各種の色金を用いて文様を平象嵌の技法で表し,色彩的な変化を与え,さらに平田道仁は七宝技術を取り入れ,ますます装飾性を加えることとなった。 江戸時代初期には九州肥後に肥後金工が繁栄し,林,西垣,志水,平田の諸派が大きな勢力を誇った。…

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