杼島村(読み)とちじまむら

日本歴史地名大系 「杼島村」の解説

杼島村
とちじまむら

[現在地名]出雲市荻杼町おぎとちちよう

斐伊川左岸にあり、北は武志たけし村、西は荻原おぎはら村。栃島とも記す。建武四年(一三三七)九月九日の塩冶高貞寄進状(富家文書)に「奉寄進 出雲国塩冶郷内桑日八幡宮 当国栃島村事、為高貞寿命長□□祈誠、一期之間、奉寄進□幡宮者也」とみえる。その後は塩冶氏一族の波根氏の支配に移ったらしく、応永一九年(一四一二)一二月二六日の足利義持御教書(波根家文書)では、塩冶えんや郷内栃島が塩冶駿河小次郎詮清に安堵されており、弘治二年(一五五六)二月一五日の尼子家奉行人連署奉書(同文書)では、栃島御本領内の抜目分が波根四良左衛門に宛行われている。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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