柳生石舟斎(読み)やぎゅう せきしゅうさい

世界大百科事典(旧版)内の柳生石舟斎の言及

【柳生宗矩】より

…正式には柳生但馬守宗矩,通称又右衛門。父は柳生石舟斎宗厳(むねよし)(1527‐1606)。大和国(奈良県)柳生庄に生まれる。…

【柳生流】より

…柳生流は俗称で,柳生新陰流という。新陰流の祖上泉伊勢守秀綱(上泉秀綱)から印可をうけた柳生石舟斎宗厳(むねよし)(1527‐1606)が流祖といえる。宗厳の五男但馬守宗矩(むねのり)(柳生宗矩)が徳川将軍の兵法師範として江戸柳生流の祖となり,宗厳の長男厳勝(よしかつ)の次男兵庫助利厳(としよし)(1579‐1650)が尾張の徳川家に仕えて尾張柳生流の祖となった。…

※「柳生石舟斎」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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