桜井雪保(読み)さくらい・せっぽ

朝日日本歴史人物事典 「桜井雪保」の解説

桜井雪保

没年:文政7.9.9(1824.10.30)
生年:生年不詳
江戸後期の画家水戸から江戸に出て雪舟流を標榜した画家桜井雪館の娘。名は保子といい,秋山,桂月,小雲谷と号した。容貌はいかつく,酒豪であったと伝える。父の跡を継ぎ,姪の絢を養女とし,弟子の筒井半山とめあわせて系脈を保った。画風は父の矯激な表現をやや柔らげて,本来の雪舟風に一歩近づいている。作品に「鍾馗図」(茨城県歴史館蔵)がある。

(安村敏信)

出典 朝日日本歴史人物事典:(株)朝日新聞出版朝日日本歴史人物事典について 情報

デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「桜井雪保」の解説

桜井雪保 さくらい-せっぽ

桜井秋山(さくらい-しゅうざん)

出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例

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