歌舞伎・浄瑠璃外題よみかた辞典 「極彩色娘扇」の解説
出典 日外アソシエーツ「歌舞伎・浄瑠璃外題よみかた辞典」歌舞伎・浄瑠璃外題よみかた辞典について 情報
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…《和泉国浮名溜池》(1731年大坂豊竹座)は近松作の改作。《極彩色娘扇》(1760年竹本座)は歌舞伎にも移されてよく行われた。本筋は男達(おとこだて)狂言で,お夏清十郎は脇筋にまわっている。…
…また上方では黒船忠右衛門,梅の由兵衛など,歌舞伎・人形浄瑠璃に数々の俠客物が生まれたが,一方江戸でも,79年(安永8)7月肥前座所演の人形浄瑠璃《驪山(めぐろ)比翼塚》(源平藤橘ら作)以降の幡随院長兵衛の劇化,また1713年(正徳3)4月山村座《花館愛護桜(はなやかたあいごのさくら)》以降の十八番系の助六劇が盛行し,江戸っ子精神を代表する任俠としてもてはやされた。本朝丸綱五郎や朝比奈藤兵衛など実在しない俠客も創作され,77年5月中村座《本町育浮名花聟(ほんちようそだちうきなのはなむこ)》,1760年(宝暦10)7月竹本座《極彩色娘扇(ごくさいしきむすめおうぎ)》などの情話中の任俠として描かれている。また河竹黙阿弥の作中にも男達の活躍する作は多く,《茲江戸小腕達引(ここがえどこうでのたてひき)》(1863年8月市村座),《曾我綉俠御所染(そがもようたてしのごしよぞめ)》(1864年2月市村座),《鶴千歳曾我門松(つるのちとせそがのかどまつ)》(野晒悟助,1865年1月市村座),《金看板俠客本店(きんかんばんたてしのほんだな)》(金看板甚九郎,1883年4月新富座)などがある。…
※「極彩色娘扇」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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