清原光俊(読み)きよはらの みつとし

デジタル版 日本人名大辞典+Plus 「清原光俊」の解説

清原光俊 きよはらの-みつとし

?-? 鎌倉時代武士
幕府の浮舟奉行をつとめる。建長4年(1252)6代将軍宗尊(むねたか)親王が下総(しもうさ)へいく途中,隅田川で舟が立ち往生した際,そのつれづれをなぐさめるため,自然石をつかって盆上に自然の景観をつくった。これが清原流盆石のはじまりといわれる。

出典 講談社デジタル版 日本人名大辞典+Plusについて 情報 | 凡例

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