( 1 )日本の植物生態学・植物生理学の先駆者であった三好学(一八六一‐一九三九)が訳語として考案した近代の日本語。他方、ドイツ地理学の影響の下に、昭和初期には地理学の学術用語として、「景観地理学」「自然景観」「文化景観」などの複合語が生まれていった。
( 2 )第二次世界大戦後は、建築学や造園学などでも術語として定着し、景観保全などに対する社会的関心の高まりを背景として日常語としても多用され、②のような使い方も生じている。
景観は,一般には,景観美という使い方に代表されるように,風景に近い意味あいをもった言葉として理解されている。しかしこの言葉は,地理学の中では地表の空間的まとまりを表現する場合にも用いられてきた。景観は,植物学者の三好学がドイツ語のラントシャフトLandschaftに与えた訳語であるが,ラントシャフトの概念そのものの中に,すでに視覚的意味と地域的意味の並立を認めることができる。これは,ラントシャフトが古くから地域という意味をもっていたのに対して,ルネサンスの時代に絵画的意味が付加され,それが人間の視覚に映る形態すなわち相観という意味に発展したことに由来する。
そもそも景観は,人間主体的な地表面の認識像であり,主体の認識程度に応じて景観の意味するところが異なってくるのは当然といえよう。たとえば,ある地域を初めて訪れる旅行者にとっての景観は,単に風景的な意味しかもたなくとも,その地域に古くから住んでいる住民にとっては,景観が風景以上に地域の機能と構造を内在した一つの形相として映るであろう。このように景観は,人間と地域の結びつき,すなわち主体-地域系の中でとらえられるべきものであって,それ抜きに抽象的・固定的に景観概念を規定することは,不毛なばかりか景観という言葉のもつ多様な価値を減少させてしまうことになる。20世紀初頭を中心に百家争鳴のごとく論じられその後衰退したかにみえる景観論が最近復調しはじめた背景には,主体抜きに地域のあり方が論じられる風潮に対する深い反省がある。地理学における客観化の限界をふまえ,再度,主観性,主体性,ひいては人間性回復の立場に立とうとする最近の人文主義的地理学において,景観概念が重要視されているのも,同様の反省に基づくものであろう。
主体-地域系としての景観を分析する場合には,まず地域の空間構造に焦点があてられる。その際前提となるのは,統一体として地域を認識することである。すなわち景観は,個々の要素がある空間のひろがりの中で有機的に結びついた一つの全体像として主体(人間)により認知されるものでなければならない。景勝地と称される土地も,特異な地形・地質,植生,建造物などが孤立してあるのではなく,それ以外の諸要素と調和しながら存在しているからこそ美しいと認められるのであろう。さらに,景勝地でなく日常の景観を考えてみると,地域が一定の形態的・機能的なまとまりをもっていることが,ますます重要となってくる。しかもここでは,主体である人間が生活を通じて空間構造と深くかかわっているから,主体と地域系の有機的結合も問題となる。これまで日本では,日常生活圏における景観の問題がそれほど重要視されてこなかった。ところが,今日のように生活環境の悪化が問題になってくると,日常の景観を無視して地域の将来像を語ることはできなくなってきている。
景観を考える場合の重要な側面として,空間のオーダーと時間的変化がある。高層住宅の出現は,それまでの低層住宅とは異なる視界を提供し,また高速自動車道・鉄道網の発達,航空機利用の増大は,短期間に広域的な景観を認知することを可能としている。それゆえ,景観をとらえる際に空間的規模のオーダーを設定し,階層性に即した景観の配列を行うことは,景観研究の重要な課題となる。景観研究の進んだドイツでは,国土の景観区分図が各オーダーごとに作成され,小景観から大景観に及ぶ分類の体系が確立している。一方,景観は人間の手のほとんど加わっていない自然景観から,さまざまに人間の手が加わった人文景観へと変貌する。その変化は過去よりも今日の方が,また農林業地域よりも都市化地域の方が急速である。さらに近年では,地表面そのものを大きく改変する技術が進んだために,人工景観の出現と呼ぶにふさわしいような,景観の大規模な変化がみられるようになってきている。日本ではとくに,大都市近郊の丘陵地や埋立地において,そうした現象が多くみられる。今までの景観の変化を追跡し,過去の景観を復元しておくことは,学術的に有意義であるばかりでなく,これからの景観変化を予測するためにも有効である。
旅行者や地域住民などの主体にとって好ましい景観の保全を図ってゆくことは,景観破壊,環境悪化の著しく進行しつつある今日,きわめて重要な課題といえる。それには,諸個人が身近な景観を守り育てることから,国土全域の景観保全行政を推進することまで,空間の階層性,主体の差異に応じて,さまざまなものが含まれる。また景観保全を達成するためには,適切な景観の評価・計画手法を確立しておくことが必要である。そのためには,ひとり地理学のみならず,土木工学,都市工学,緑地学など関連する応用学的分野を含めた学際研究の推進が不可欠である。日本では近年,景観工学の名のもとに,街づくりや高速道路の建設などに際して,景観の評価・計画を行っているが,そこでは,景観が風景としてのみとらえられていることが多い。また一方,地域の空間構造そのものに着目した,客観的な景観単位の区分とそれに基づく評価・計画手法も開発されつつあるが,ここでは逆に,景観の視覚的意味が十分考慮されているとはいいがたい。多義性の中にこそ景観本来の意義があるとするならば,視覚的意味,地域的意味を併せもった総合的な景観評価・計画の策定が必要である。その際,主体の認識と遊離しない手法の開発が必要であることはいうまでもない。
執筆者:武内 和彦
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
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出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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