コトバンクはYahoo!辞書と技術提携しています。

源行綱 みなもとの ゆきつな

2件 の用語解説(源行綱の意味・用語解説を検索)

デジタル版 日本人名大辞典+Plusの解説

源行綱 みなもとの-ゆきつな

多田行綱(ただ-ゆきつな)

出典|講談社 この辞書の凡例を見る
(C)Kodansha 2015.
書籍版「講談社 日本人名大辞典」をベースに、項目の追加・修正を加えたデジタルコンテンツです。この内容は2015年9月に更新作業を行った時点での情報です。時間の経過に伴い内容が異なっている場合がございます。

朝日日本歴史人物事典の解説

源行綱

生年:生没年不詳
平安末期の武将。頼盛の長男で,摂津国河辺郡(兵庫県)多田荘を本拠とする多田源氏の棟梁。正五位下,蔵人・伯耆守。多田太郎,多田蔵人と称す。治承1(1177)年の鹿ケ谷事件で,平家討滅の謀議に参加しながら途中で裏切り,平清盛に密告したことは,『平家物語』などで有名。その後,一時,安芸国へ配流となるが,まもなく許されて平家方に属していた。しかし,寿永2(1183)年7月ごろから源氏に呼応して挙兵し,法住寺合戦や一の谷の戦などで活躍した。源義経に近づきその畿内支配の一翼を担うが,やがて文治1(1185)年11月,義経の都落ちに当たっては,豊嶋冠者らと共に義経を摂津国河尻に追撃し,源頼朝に忠誠を示している。激動の内乱期を,変わり身の早さで生き抜こうとする武士の典型ともいえるが,その後の事蹟は詳らかでない。

(田中文英)

出典|朝日日本歴史人物事典:(株)朝日新聞出版
それぞれの用語は執筆時点での最新のもので、常に最新の内容であることを保証するものではありません。

源行綱の関連キーワード平維盛池殿多田行綱河辺道綱妹尾兼康平資盛平業盛平宗清藤原景家藤原景高

今日のキーワード

大寒

二十四節気の一つ。元来,太陰太陽暦の 12月中 (12月後半) のことで,太陽の黄経が 300°に達した日 (太陽暦の1月 20日か 21日) から立春 (2月4日か5日) の前日までの約 15日間で...

続きを読む

コトバンク for iPhone