神田同朋町(読み)かんだどうぼうまち

日本歴史地名大系 「神田同朋町」の解説

神田同朋町
かんだどうぼうまち

[現在地名]千代田区外神田そとかんだ二丁目・同六丁目

明治二年(一八六九)神田明神下同朋かんだみようじんしたどうぼう町が改称して起立、同五年北側の旧信濃岩村田藩内藤家上屋敷および同邸西隣の旗本黒田邸を編入。南は神田台所かんだだいどころ町、東は同五軒ごけん町・同末広すえひろ町・金沢かなざわ町、西は神田神社、妻恋つまごい(現文京区)、北は湯島三組ゆしまみくみ(現同上)。里俗明神下(東京区分町鑑)。北側の編入地は延宝年間(一六七三―八一)から貞享元年(一六八四)は那須遠江守邸、元禄三年(一六九〇)から同一六年は酒井隼人邸、宝永元年(一七〇四)から幕末まで岩村田藩上屋敷であった。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

関連語 妻恋

半夏ともいう。七十二候の一つで,本来は夏至後 10日目から小暑の前日までをいったが,現行暦では太陽の黄経が 100°に達する日 (7月1日か2日) を半夏生とし,雑節の一つとして記載している。この頃半...

半夏生の用語解説を読む