コトバンクはYahoo!辞書と技術提携しています。

長久手の戦 ながくてのたたかい

百科事典マイペディアの解説

長久手の戦【ながくてのたたかい】

小牧・長久手の戦

出典 株式会社日立ソリューションズ・クリエイト百科事典マイペディアについて 情報

世界大百科事典内の長久手の戦の言及

【小牧・長久手の戦】より

…羽柴(豊臣)秀吉と織田信雄(のぶかつ)・徳川家康との間で,尾張の小牧・長久手を中心として広範な地域にわたった戦い。織田信長の死後,秀吉がしだいに勢力を得るにしたがい,両者の対立関係は激化した。1584年(天正12)3月秀吉軍は伊勢方面から侵攻し,その間に北尾張に飛火して秀吉方の池田恒興が犬山城を占拠したが,家康が小牧山に布陣したので尾張北部からの侵攻は困難となった。家康は土佐の長宗我部氏や紀伊の雑賀,根来一揆と結び,大坂の背後をおびやかさせたので秀吉の東下が遅れた。…

【小牧山】より

…秩父古生層からなり,濃尾平野のほぼ中央に孤立する。戦国時代末に戦略上の要地として注目され,1563年(永禄6)には織田信長が美濃進出の拠点として山頂に築城,また84年(天正12)の小牧・長久手の戦では徳川家康の本陣が置かれ,豊臣秀吉と相対した。1927年国の史跡になり,頂上には京都の飛雲閣を模して建築された小牧市歴史館(小牧城)がある。…

※「長久手の戦」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社日立ソリューションズ・クリエイト世界大百科事典 第2版について | 情報

長久手の戦の関連キーワード長久手[町]小牧[市]蜂須賀正勝木村常陸介小野木重次一柳直末滝川雄利保科正光米津親勝脇坂安治松平家信河尻秀長多田昌綱土方雄久松平定勝豊臣秀長山内一豊彦坂光正蒲生氏郷神保氏張

今日のキーワード

天網恢恢疎にして漏らさず

《「老子」73章から》天の張る網は、広くて一見目が粗いようであるが、悪人を網の目から漏らすことはない。悪事を行えば必ず捕らえられ、天罰をこうむるということ。...

続きを読む

コトバンク for iPhone

コトバンク for Android