青年ヨーロッパ

世界大百科事典(旧版)内の青年ヨーロッパの言及

【青年イタリア】より

…この対立を通して青年イタリアの運動にはナショナリズムの性格が強められた。サボイア蜂起は失敗に終わるが,計画に加わったポーランド,ドイツの活動家の間で,それぞれ青年ポーランド,青年ドイツがつくられ,34年4月これらナショナリズム運動の連帯のための青年ヨーロッパが結成された。マッツィーニはその後,スイスを経て37年ロンドンに亡命地を移し,この地で接したチャーチスト運動から労働者の組織化の必要を学び,青年イタリアの一部門としてイタリア労働者連合を設立する。…

※「青年ヨーロッパ」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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