領知目録(読み)りようちもくろく

日本歴史地名大系 「領知目録」の解説

領知目録(土岐頼稔領知目録)
りようちもくろく

成立 享保九年

原本 群馬県沼田市(群馬県立歴史博物館保管土岐家文書)

解説 享保九年駿河国田中藩主土岐頼稔に宛てて出された領知目録。同三年の領知村替を反映して出された。

活字本静岡県史」資料編九

領知目録(土岐頼殷領知目録)
りようちもくろく

成立 正徳二年

原本 群馬県沼田市(群馬県立歴史博物館保管土岐家文書)

解説 正徳二年駿河国田中藩主となった土岐頼殷に宛てて出された領知目録。

活字本 「静岡県史」資料編九

領知目録(本多忠央領知目録)
りようちもくろく

成立 寛延四年

原本 本多家(福島県いわき市教育文化事業団保管)

解説 寛延四年相良藩主本多忠央に宛てて出された領知目録。

活字本 「静岡県史」資料編九

領知目録(本多忠晴領知目録)
りようちもくろく

成立 正徳二年

原本 本多家(福島県いわき市教育文化事業団保管)

解説 正徳二年相良藩主本多忠晴に宛てて出された領知目録。

活字本 「静岡県史」資料編九

領知目録(本多忠通領知目録)
りようちもくろく

成立 享保二年

原本 本多家(福島県いわき市教育文化事業団保管)

解説 享保二年相良藩主本多忠通に宛てて出された領知目録。

活字本 「静岡県史」資料編九

領知目録(松平信祝領知目録)
りようちもくろく

成立 享保一六年

原本 大河内家(愛知県豊橋市美術博物館保管)

解説 享保一六年浜松藩主松平信祝に宛てて出された領知目録。

活字本 「静岡県史」資料編九

領知目録(青山忠重領知目録)
りようちもくろく

成立 元禄一二年

原本 兵庫県篠山市立青山歴史村史料館

解説 元禄一二年浜松藩主青山忠重に宛てて出された領知目録。

活字本 「静岡県史」資料編九

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

世界大百科事典(旧版)内の領知目録の言及

【知行】より

…したがって,みずからの意に反し,将軍(幕府)の意向で知行の没収(改易),知行高の削減(減封),もしくは知行地の変更(転封,国替)を余儀なくされることもあった。大名は,将軍の代替りごとに交付される領知目録によって,知行石高と領地の所在地を国・郡・村ごとに指定されている。幕府は1664年(寛文4)将軍家綱の代に,全国の大名に対し領知判物,朱印状および領知目録をいっせいに発行したが(寛文印知),その結果を示す〈寛文朱印状〉(《寛文印知集》)によると,224家の大名の知行高合計は1781万4200石余であった。…

※「領知目録」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」