養安寺村(読み)ようあんじむら

日本歴史地名大系 「養安寺村」の解説

養安寺村
ようあんじむら

[現在地名]大網白里町養安寺・季美の森南(きみのもりみなみ)

大網村の北に位置する。「本土寺過去帳」によると天正九年(一五八一)に養安寺日昌が没したとある。文禄三年(一五九四)の上総国村高帳に養安寺とみえ、高五六〇石。寛文八年(一六六八)の鷹場五郷組合帳では山口組に属し、幕府領二〇〇石余・旗本長尾領三六〇石余。寛政五年(一七九三)の上総国村高帳では家数七六、三卿の清水領、多古藩領と旗本大岡・阿部領。

出典 平凡社「日本歴史地名大系」日本歴史地名大系について 情報

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