Dvārasamudra(その他表記)Dvarasamudra

世界大百科事典(旧版)内のDvārasamudraの言及

【ホイサラ朝】より

…チャールキヤ,チョーラ両朝の対立に乗じて平原部へと進出し,チャールキヤ王国の封臣として台頭する。ホイサラ王朝を実質的に創始したのは1106年に即位したビッティガBiṭṭigaであり,首都をドーラサムドラDvārasamudra(現,マイソール近くのハレービード)に置き,自らビシュヌバルダーナと称した。ジャイナ教徒であった王をヒンドゥー教のビシュヌ派に改宗させたのは同派の哲学者ラーマーヌジャであったとされている。…

※「Dvārasamudra」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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