Qarluq(その他表記)Qarluq

世界大百科事典(旧版)内のQarluqの言及

【トルコ族】より

…この突厥文字を用いて石に刻まれたトルコ語が,現在,知ることのできる最古のトルコ語の実例である。
[ウイグルの時代]
 突厥に代わってモンゴリアの支配権を握ったウイグル(中国では回鶻,回紇と写された)は,中央アジアの草原地帯に居住していた同じトルコ系のカルルクQarluq族などをも支配下に組み入れ,突厥の継承国家として,中国の唐王朝とも和戦両様の密接な関係をもったが,9世紀半ば,同じトルコ系のキルギス族の攻撃を受けて壊滅した。この際,国を失ったウイグル族は,モンゴリアの故地を捨てて,中国の北辺(10万人以上ともいう)から西は天山・タリム盆地方面(十数万~30万人ともいう)へと移動し,甘州,ビシュバリク,高昌,クチャ(亀茲),チュー川・タラス川方面で新たな生活を開始した。…

※「Qarluq」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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