Sayfal-DīnGhāzī(その他表記)SayfalDinGhazi

世界大百科事典(旧版)内のSayfal-DīnGhāzīの言及

【ザンギー朝】より

…1127年,ザンギーはモースル総督に任ぜられて自立し,西はシリア,北はクルディスターンに進出して領土を拡張するとともに,44年にはエデッサを陥れて十字軍への反撃を開始した。没後,領土は2人の息子によって東西に分割され,モースルのザンギー朝(1222年まで)はサイフ・アッディーン・ガージーSayf al‐Dīn Ghāzīによって,アレッポのザンギー朝はヌール・アッディーン・マフムードによって継承された。ヌール・アッディーンは54年にダマスクスを攻略して十字軍に対する反抗の体制を固め,さらに69年,サラーフ・アッディーンをエジプトに派遣してファーティマ朝を滅ぼした。…

※「Sayfal-DīnGhāzī」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

二十四節気の一つで,二至 (夏至,冬至) ,二分 (春分,秋分) として四季の中央におかれた中気。元来,春分は太陰太陽暦の2月中 (2月後半) のことで,太陽の黄経が0°に達した日 (太陽暦の3月 2...

春分の用語解説を読む