ウリヤンハン三衛(読み)ウリヤンハンさんえい(その他表記)Uriyangkhai

ブリタニカ国際大百科事典 小項目事典 「ウリヤンハン三衛」の意味・わかりやすい解説

ウリヤンハン三衛
ウリヤンハンさんえい
Uriyangkhai

中国,明代に内モンゴルの大興安嶺東に遊牧した部族。ウリヤンハン (朶顔衛) ,オンリウト (泰寧衛) ,オジエト (福余衛) の総称。 1388年,明軍がブイル・ノールの戦いに北元のトクズ・テムル (脱古思帖木児)を撃破すると,明にくだったモンゴル人は翌年この三衛に統轄された。のちオジエトはオルチン部族に,オンリウトは内ハルハ部族にそれぞれ乗取られて滅びたが,ウリヤンハンだけは長く明の同盟者として残った。清代の内モンゴルのジョソトゥ盟のハラチン二旗およびトゥメット左翼旗はウリヤンハンの後裔である。

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