翻訳|tribe
文化人類学(民族学)は民族誌的調査にあたって,その研究対象とする人間集団を指して恣意的に部族と呼びならわしてきた。よく似た語に種族,民族がある。それらは人種,言語,文化(生活様式と価値体系など)を共有する人間集団とされているが,部族はこの3者に加えて特定の地域に居住する人々という限定をおくのが普通である。未開社会,つまり単純な技術と経済をもち,生業の分化も少ない,比較的小地域に編成されている社会を,文化人類学では部族社会として一括してきた。しかしその中には極北のエスキモーやカラハリ砂漠のサンのような狩猟民から,かなり高度な政治組織をもつ東アフリカのアンコーレ王国,あるいは北米のインディアンのイロコイ連合のような社会まで,多様なものを包括していた。しかも,都市への人口集中のなかで,それぞれ部族本来の土地を離れて都市に移った人たちが〈脱部族化〉することによって国民形成を図ることをせず,出身地方ごとに〈再部族化〉を起こすことがある。この場合はむしろ出身部族が民族と同じく,地域性をもたなくなっている。また,いわゆる部族の領域は,たとえばタンザニアでは200余,ザイール(現,コンゴ民主共和国)では300余の部族分布が植民地時代に作られ,地図上に示されているが,実際には同じ地域に重なりあう例も少なくないし,ある部族がいくつもの亜部族に分割されている例も多い。しかも個々の部族は独自に移動の歴史をもっている。じつは部族単位の領域設定は植民地統治の必要から作られた場合も多く,部族の首長が複数のパラマウント・チーフと呼ばれる人たちに分かれていた場合には,首長を任命して組織化をうながした例もある。
このように部族という概念はきわめて多様な大小さまざまの集団をふくみ,単純な地域集団ではありえないし,歴史的推移をふくめるとさらに定義がむずかしくなる。常識的には一応,身体的特徴(人種)が共通で,同じ地方語を話し,それに伴う文化(生活様式と価値体系)を共にする地域的集団とみなしておいてよい。社会進化論の立場に立つ文化人類学者はより限定して,単純な家族の集合しかないバンド社会と明確な権威と権力を集中した首長をもつ首長制社会の中間に部族社会をおく。つまりバンド社会(採集狩猟民,旧石器時代の伝統)→部族社会(農耕・牧畜民の初期,新石器革命以後)→首長制社会(階層化した農耕・牧畜民)の社会発展の図式を描く。この見地からすると,部族社会は血縁集団(リネージ,氏族)を基礎に一定地域に展開・居住し,独自の文化伝統(衣食住の様式,生産・生活の共同組織,通過儀礼など)をそなえるに至った組織である。
執筆者:米山 俊直
出典 株式会社平凡社「改訂新版 世界大百科事典」改訂新版 世界大百科事典について 情報
世界各地に散在する比較的小規模で自己充足的な共通の文化をもつ社会に住む人々の集団をさすが、共通する明確な定義はない。民族集団(エスニック・グループ)と同概念として用いられることもあり、また、より小規模の集団(サブエスニック・グループ)の意で用いられることもある。英語tribeの語源であるラテン語のtribuaは、古代ローマ国家の政治的分割単位を示すことばであった。19世紀の進化論的人類学者は、部族社会tribal societyを、社会組織はあるが政治組織を欠く社会(L・モルガン)、また法的側面では、自発的な契約関係に基づく近代社会とは対照的に、生得的な身分による権利関係が優勢な社会(H・メイン)とみなした。その後の経験的研究の蓄積によって、部族社会の特徴としては、社会の内容よりもむしろ形態が重視され、小規模で、一定のテリトリー(領域)を占め、食糧生産による自給自足的経済を維持し、言語、宗教、世界観、価値観など同一の文化を共有し、しかも国家のような地縁的親族集団を越える中央集権的政治組織をもたない社会が部族的とみなされるに至った。しかし、こうした部族社会の特徴的形態はむしろ理念型として把握されるべきものであって、現実の社会は、国家とは無関係でありえず、近代化や産業化の影響を受け、かつまた外の社会との絶えざる政治・経済・文化的相互作用のなかにある。また、部族社会内部もけっして静態的ととらえられてはならず、エバンズ・プリチャードが南スーダンのヌエルの研究で示したように、きわめて動態的な部族統合の原理がみられる。
[白川琢磨]
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歴史,言語,文化を共有すると信じている集団で,多くの場合一定の領域を持つ。したがって民族と同じである。ただ一般的には,国家を構成したりあるいは内部の階層分化,職能分化が複雑になっていて比較的大きな人口を持つ場合に民族といい,そうでない場合に部族と呼ぶことが多い。
出典 山川出版社「山川 世界史小辞典 改訂新版」山川 世界史小辞典 改訂新版について 情報
…(2)北部ハム人種 短身で白人もいるベルベル,長身長,長頭,褐色の皮膚,細い体つきのサハラ砂漠のトゥアレグ,ティブなどの諸族など,形質的には多様な混血の結果を示す人たちがふくまれる。
[民族]
アフリカの民族集団は,ふつう,部族tribeという単位でとらえられる。人種,言語,文化伝統を共通にした集団単位で,数百万人から数千人までさまざまな規模がある。…
…しかし氏族・部族および部族連合のような厳密な意味での政治的機能をもたず,胞族自体の平時の首長,軍事の指揮者,信仰守護者の類も存しない。 氏族の上に位するこうした政治的単位は,胞族の集りによって構成される部族tribeである。モーガンはアメリカ・インディアンの部族の機能と属性として,つぎのような諸点をあげた。…
…規準のとり方にもよるが,黒人アフリカだけで800近い異なる言語が話されているといわれる。一つの共和国の中に,異なる習俗をもつ部族が30も40も共存していることはまれではない。だが,地理的,言語的,文化的に多様でありながら,同時にそこには一つの〈アフリカらしさ〉とでもいうべきものがあることも確かである。…
…この遊牧生活の最も基本的な単位を,一応,氏族と呼ぶことができる。このような氏族が他のいくつかの氏族と連合して,さらに大きな遊牧集団を形成した場合,これを部族と呼ぶ。さらにこの部族が,他の諸部族とも連合してより大きな政治的・社会的集団を形成した場合,これを部族連合体ないし国家と呼ぶ。…
※「部族」について言及している用語解説の一部を掲載しています。
出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」
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