ジャヤカトワン(その他表記)Jayakatwan; Djajakatwang

世界大百科事典(旧版)内のジャヤカトワンの言及

【シンガサリ】より

…こうして王はジャワ全土,マドゥラ,バリ,ボルネオ南部,スマトラ,マレー半島の一部などにまで勢力を及ぼし,対元朝外交に自信を得て,89年に元の世祖フビライが使を遣わして服属をすすめた時,使者を侮辱して追い返した。フビライは1000隻の水軍を派遣して討伐しようとしたが,そのジャワ到着に先立ち,クルタナガラ王の内政は破綻し,クディリ朝の子孫と自称するジャヤカトワンが王や重臣を暗殺したので,シンガサリ朝は滅亡した。この王国の70年間にインドネシア海域の貿易は一段と発展し,また仏教の再興とともにジャワ文化独自の性格が顕著となった。…

※「ジャヤカトワン」について言及している用語解説の一部を掲載しています。

出典|株式会社平凡社「世界大百科事典(旧版)」

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